大学生の読書感想文

大好きな小説の魅力を紹介します

『ハグとナガラ』 原田マハ

人生を、もっと足掻こう。

 

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ぼくは旅が好きだ。

 

家族旅行、高校同期との大人数の旅行、近場へのちょっとした一人旅。

 

どの旅にもいい思い出があります。

 

 

海の美しさに圧倒され、古き良き町並みに心揺さぶられる。

 

夜、旅館で布団を敷いて寝っ転がりながら、たわいのない会話をする。

 

非日常の空間に気持ちが高揚する。

 

 

一人旅、行こうとしてた博物館が休館日で途方に暮れる。

 

予定が崩れて電車に間に合わなさそうになって、走って駅に向かう。

 

そんなイレギュラーさえも楽しく感じるものです。

 

 

大学生の僕はこれから時間ができて、もっと旅に行けると思っていました。

 

そんな折に新型コロナウイルスが猛威を振るいました。

 

 

年に2回行っていた高校同期との旅行が行けなくなりました。

 

授業がオンラインになり、家にこもることが多くなりました。

 

 

僕がこの本を手に取ったのはそんなときでした。

 

 

中年女性のハグとナガラ。

 

彼女たちは大学時代からの友人で、ハグが失業した後、二人は定期的に旅へ出るようになりました。

 

ね、行かへん? どこでもいい、いつでもいい。

一緒に行こう。旅に出よう。

人生を、もっと足掻こう。

 

こんな言葉をナガラがハグに送ったのをきっかけとして。

 

 

母親の病気、慣れない介護への苛立ち、家族との死別。

 

二人は40、50代ならではの課題に直面し、なかなか二人旅へ行けなくなります。

 

 

そんな状況下でも、二人は電話もビデオ通話も使わず、直接会って話をすることにこだわります。

 

近場でもいいから、旅をして、互いの近況を伝え合う。

 

リモートの対話では楽しめない旅の非日常感や高揚感を大事にしているからでしょう。

 

 

家にこもって、オンライン授業やリモートでの会話が多くなってる今、「寄り道」をする余裕がなくなっているのかもしれません。

 

旅で非日常を感じられない今、この本に出会えてよかった。

 

気軽に旅をできる日常が早く戻りますように。

 

 

 

 

 

 

『草花たちの静かな誓い』 宮本輝

草花に託したメッセージ

 

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物語の舞台は南カリフォルニアの高級住宅地ランチョ・パロス・ヴァーデス半島。

 

太平洋に面した、穏やかで自然豊かなリゾート地です。

 

 

夫に先立たれ、ランチョ・パロス・ヴァーデス半島の豪邸で一人暮らしをしていたキクエは、修善寺への旅行中に突然命を落とします。

 

彼女の甥にあたる弦矢は3200万ドルもの遺産と豪邸を彼女から相続することになります。

 

 

突如大金を手にし、狂喜乱舞といきたいところですが、弦矢にもう一つ衝撃的な事実が伝えられます。

 

「もしレイラが見つかったら、遺産の70%を彼女に譲って欲しい」

 

 

キクエの娘レイラは6歳の時に白血病で亡くなったと伝えられていました。

 

そのレイラが実は、6歳の時に誘拐され、行方不明になっていたことを知ります。

 

 

レイラはまだ死んでいないかもしれない。

 

では、レイラはどこへ行ってしまったのか?

 

キクエはなぜ嘘をついたのか?

 

 

弦矢は私立探偵ニコライ・ベロセルスキーとともに真相を追いかけます。

 

 

富豪たちがのどかな時間を過ごすリゾート地。

 

そんな豊かな暮らしの裏側で、児童の誘拐が社会問題化していて、誘拐された子供は売春組織に売られたり、臓器の提供者として取引されたりする可能性もある...

 

この小説では、そんなアメリカ社会の光と影が描かれています。

 

 

さらに、レイラをめぐる事件の真相からはもっと大きな問題が立ち上がります。

 

綺麗事だけでは問題を解決できないと感じたキクエは、自分が身代わりになり、真相を隠し続けることに決めました。

 

それでも弦矢に対してわざとヒントを残しておいたのは、彼の聡明さと優しさを信頼したからでしょう。

 

 

苦難に直面したキクエと弦矢を支えたのは、タイトルにもある庭の「草花たち」でした。

 

キクエは草花から生きるよすがを与えられ、草花に弦矢へのメッセージを託しました

 

花にも草にも木にも心がある。嘘だと思うなら 本気で話しかけてごらん、植物たちは褒められたがっているのよ。だから心を込めて褒めてやるんだよ。そうしたら必ず応じてくれるよ

 

 厳しい環境を乗り越えて生きる草花たちに勇気をもらい、弦矢は将来に向けて進み始めます。

 

 

 

 

『スロウハイツの神様』 辻村深月

夢追い人たちの集い

 

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人にはどうしても譲れない理想やポリシーがあります。

 

特に、クリエイターと呼ばれる人は強い理想やポリシーを持っているのかもしれません。

 

 

誰も傷つかない世界を理想とし、明るい児童漫画を描き続ける狩野。

 

感情を徹底的に除去した世界を描こうとする正義。

 

才能がありながらも自分の絵を積極的に売り込めないスー。

 

環をライバル視し、彼女への対抗心から誰にも内緒で漫画の制作を続ける円屋。

 

凄惨な事件を乗り越えて、小説の持つ力を信じて作品を描き続けるチヨダコーキ。

 

成功と権力を好み、成功するためには手段を選ばないドライな一面があるが、誰よりも一つ屋根の下に暮らす「家族」を大切にする環。

 

 

いじめや家庭の崩壊、マスコミからのバッシング。

 

辛い経験を乗り越え、その経験を糧にして彼らは自分の創作活動の軸を形成し、作品を作り続けます。

 

 

個性豊かな彼らクリエイターたちが集うスロウハイツ。

 

そこに、コーキに思いを寄せる加賀美莉々亜が入居してきたことで彼らの平和な生活に動揺が走ります。

 

 

『人間は、「優しさ」か「強さ」か、そのどちらかを持っていなければ生きていくことなどできず、たいていはそのどちらか片方に目が行きがちだが、けれど人は意外とその両方を持ち合わせているという話。特に、ガカは』

 

勝ち気で横暴で、たびたびスロウハイツのみんなに厳しい言葉を投げかけるが、誰よりもおせっかいで優しく、スロウハイツのみんなに降りかかる問題を鮮やかに解決していく環。

 

そんな彼女の力強さに憧れる。

 

 

そして、マスコミや編集者・黒木の悪意に直面しながらも、それらを全て正面から受けて立ち、創作を続けるコーキ。

 

そんな彼のおおらかさと粘り強さはすごい。

 

 

伏線や謎解き要素に溢れる物語と、スロウハイツに暮らすクリエイターたちの人間模様を楽しんでいるうちに、ストーリーにに引き込まれていく小説です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あと少し、もう少し』 瀬尾まいこ

迷いながらもひたむきに走る

 

 

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ぼくはお正月に必ず箱根駅伝を見ます。

 

不思議なことに、箱根駅伝では毎年ドラマが生まれます。

 

 

下位からのごぼう抜き、圧巻の区間新記録、襷のパス寸前での繰り上げスタート、主力選手の予想外の失速...

 

各校の選手が駅伝に向けて死力を尽くして努力してきたからこそ、彼らの走りは人を惹きつけ、人を感動させるドラマが生まれるのかもしれません。

 

 

この小説のテーマは駅伝。

 

舞台は箱根駅伝のような大きな大会ではなく、自然豊かな田舎の中学生たちが県大会をかけて競う地区予選です。

 

 

市野中学校はこの地区で18年連続で県大会出場を果たしている強豪校です。

 

しかし、厳しい練習で市野中学駅伝チームを強くしてきた満田先生が異動となり、後任はなんと陸上の知識皆無の美術教師・上原先生が就くことに。

 

 

さらに、陸上部のメンバーだけでは駅伝チームを組めないため、他の部からメンバーをかき集めることになります。

 

 

びびりで寡黙ないじめられっ子

 

何をしても長続きせず、学校の勉強も早々に諦めた不良

 

人からの頼みを断れないムードメーカー

 

どこか斜に構えたところがある、芸術家気質の吹奏楽部員

 

部長に特別な思いを寄せる後輩

 

そして、頼りない顧問に苛立ちを覚え、苦悩する部長。

 

 

個性豊かなメンバーたちがそれぞれの想いを胸に走ります。

 

 

難航するメンバー集め、新たな顧問への不満、部長・桝井の不調。

 

 

メンバーそれぞれが困難に直面し、思春期ならではの悩みに葛藤する中で、彼らはどうやってそれを乗り越えていくのか?

 

市野中学校は今年も県大会出場を果たすことができるのか?

 

 

中学生男子の複雑な心境を完璧に描き切った傑作です。

 

 

【あとがき】

 

『君が夏を走らせる』という小説で、今回二区を走った不良・大田の後日談が書かれています。

 

高校生になった大田が一人で一歳児の子守を任されるという、なんとも恐ろしいストーリーです。

 

この小説についても感想を書いているので、ぜひ読んでください!

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『キネマの神様』 原田マハ

小さな名画座が起こした奇跡の物語

 

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この小説を読んで、初めて名画座というものを知りました。

 

名画座とは、過去に上映された作品を格安で再上映する映画館のことです。

 

2本立て、3本立てで上映されることが多く、シネコンのように作品ごとに入場者を入れ替えしないため、お得な料金で複数本の映画を見ることができます。

 

 

そんな名画座はDVDやシネコンの台頭に押され、数を減らしてきています。

 

コロナ危機に直面し、経営が厳しくなっている名画座も多いです。

 

 

 とりわけ、名画座は「昔ながらの村の鎮守」みたいな場所だ。こぢんまりと地味な、けれど実にいい空気の流れる場所。派手な神輿もイベントもないが、綿あめや冷えたラムネや金魚すくいが楽しめる。ちょっと気になるあの子が、浴衣姿でやってくる。短い夏の、胸が苦しくなるような懐かしさ。

 そんな場所が、ひとつふたつと消えつつある。

 

 

39際独身の歩は大手企業で課長に上りつめ、シネコンの開発計画を進めていましたが、他の社員の嫉妬や恨みを買い、追い出されるように会社を辞めてしまいます。

 

同時に、ギャンブルと映画が好きで奔放な性格の父が倒れ、彼が300万円の借金を抱えていることが発覚します。

 

 

苦戦する就職活動、父のギャンブル依存症

 

苦悩する歩は名画座・テアトル銀幕で『ニュー・シネマ・パラダイス』というイタリアの名画を観ます。

 

 

観賞後、歩が綴った映画の感想文。

 

名画座を村の鎮守、名画を大輪の花火に例え、名画座の減少を嘆いた歩の名文は、歩と彼女の父親に大きな転機をもたらします。

 

 

歩と父にチャンスを与えてくれたのは、きっと名画座で映画をこよなく愛する彼らの思いを見守っていた「キネマの神様」なのでしょう。

 

 

 

 

『ツナグ 想い人の心得』 辻村深月

人と人をつなげる不思議なご縁

 

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※この小説は辻村深月著『ツナグ』の続編です。

 

前編の『ツナグ』についても感想を書いているのでぜひ読んでください!

 

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使者の依頼は"ご縁''だ。

祖母にも、大伯父にもそう教えられた。絶対に繋がらない人がいる一方で、必要な人のところには、それが自然と訪れるようになっている。

 

 

死んだ人と生きた人をつなげる窓口、使者(ツナグ)

 

前編では使者・歩美は高校生でしたが、おもちゃメーカーへの就職を果たし、立派な社会人に成長しました。

 

『想い人の心得』では、使者と会社員の「二足のわらじ」を履く歩美の苦悩や彼の成長にフォーカスが当てられています。

 

 

借金まみれで酒浸りだった父に会い、彼に一発殴って復讐したいと思う若手俳優・神谷ゆずる

 

生涯にわたり故郷の英雄上川岳満のことを研究し、彼に会いたいと切望する鮎川老人

 

自らの不注意で幼い娘を死なせてしまったことを後悔し続ける重田夫妻

 

若くして乳がんで亡くなった娘に会い、お礼を言いたいと願う小笠原時子

 

長年にわたり、亡き想い人と再会することを願い続ける蜂屋

 

 

そして、おもちゃメーカーでの仕事を通じて懇意になった、工房の大将夫妻とその娘奈緒

 

 

彼らとの会話を通じて、家族・人生・恋愛といった大切な問題に向き合い、歩美は自らの歩むべき道を決めていきます。

 

使者の依頼は"ご縁''だ。

 

歩美はたくさんの"ご縁''に恵まれたおかげで、人生の重大な局面を乗り越えることができたのです。

 

 

現実の世界では生きた人が死者に会うなんて突飛なことは起こりえません。

 

しかし、「誰かがそうなるように仕向けたんじゃないか?」と思ってしまうような不思議なご縁は現実にもいっぱいあるように思えます。

 

私たちはそんな"ご縁''があるおかげで、毎日幸せに生きていられるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ツナグ』 辻村深月

残された者たちの思い

 

 

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人は大切な人が亡くなった悲しみを乗り越えながら生きていく。

 

「また会いたい」「また話をしたい」

 

そんな思いがあっても、その人が死んでしまった後ではその思いは叶わない。

 

 

もし一度きりでも死者と会って話ができたらどうなるのだろう?

 

こんな夢物語を描いたのがこの『ツナグ』という小説です。

 

 

「死んだ人間と生きた人間を会わせる窓口。僕が使者です」

 

急逝した人気芸能人・水城サオリに憧れていたOL平瀬愛美。

 

頑固で口が悪いが、家のことを常に考え長男としての自覚溢れる畠田靖彦。

 

親友を殺してしまったのではないかという疑念に苛まれている嵐美砂。

 

7年前に失踪した婚約者を一途に待ち続ける土谷。

 

 

死者に会いたいと願い、うわさを頼りにツナグの存在にたどり着いた彼らの目の前に現れたのは、高校生の少年でした。

 

 

依頼人たちは死者と話すことで、死者と会わなければ本来知り得なかった秘密を知ります。

 

本来暴かれることがなかった秘密を知ることは本当に良いことなのか?

 

生きている人間が自分の心残りや不安を解消するために死者に会うのは生きている者のエゴなのではないか?

 

死の意味について、死との向き合い方について改めて考えさせられる小説です。

 

 

そしてツナグの正体は一体?

 

ツナグの知られざる過去や彼の思いについては最終章で明らかになります。

 

依頼人たちの葛藤だけでなく、ツナグ自身の成長の過程からも目が離せません。

 

 

⭐️ 続編『ツナグ 想い人の心得』についても感想を書いています。

こちらも是非読んでみてください!

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『楽園のカンヴァス』 原田マハ

アートにかける人々の情熱

 

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美術館には人を惹きつける独特の雰囲気がある。

 

一心に絵を見つめる来館者たち。その視線を受け止め、どっぷりと鎮座する鮮やかな作品の数々。

 

静かで厳かで、それでいて心沸き立つような不思議な感情。

 

そんな感情を抱くのは、魂をかけて作品を描いた画家たちの「情熱」を感じるからでしょうか。

 

 

ぼくは一昨年、東京都美術館のコートールド美術館展を見に行きました。

 

エドゥワール・マネの大作「フォリー=ベルジェールのバー』を見て、全く美術の知識がない自分でも作品に圧倒され、感動を覚えたことを覚えています。

 

 

『楽園のカンヴァス』はアートをこよなく愛し、アンリ・ルソーの作品に魅了された二人の研究者、ティム・ブラウンと早川織絵の物語です。

 

 

ティム・ブラウンはMoMAニューヨーク近代美術館)のアシスタントキュレーターで、来年開催が予定されている「アンリ・ルソー展」の準備を進めていました。

 

そんなティムのもとへ一通の封書が届きます。

 

手紙の差出人は伝説のコレクター、コンラート・バイラー。

 

彼が所有するルソーの名作「夢を見た」を調査してもらいたいという内容でした。

 

 

ティムがバイラーの邸宅を訪れると、そこには同じくバイラーに招かれたルソー研究者・早川織絵がいました。

 

織絵はパリの学会を賑わせている新進気鋭のルソー研究者です。

 

 

ルソーをこよなく愛するティムと織絵に対して、バイラーは衝撃的なことを告げます。

 

 

七日間作品を調査してもらい、最終日にこの作品の真贋を判定してもらう。

 

そして、より優れた講評を行ったものに作品の取り扱い権利(ハンドリングライト)を譲渡すると...

 

 

しかも、バイラー氏所有の名作「夢を見た」は、MoMAが所有するルソーの大作「夢」に酷似していました。

 

 

ティムと織絵、二人の研究者が自らのルソー愛とプライドをかけて火花を散らします。

 

 

「夢を見た」に隠された秘密は何か?

 

バイラー氏の正体は?

 

ティムと織絵、どちらがハンドリングライトを手にするのか?

 

 

画家とコレクター、研究者のアートへの「情熱」が詰まった重厚な美術ミステリーです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『神様からひと言』 荻原浩

 へっぽこ主人公の逆転劇

 

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お客さまの声は、神様のひと言

 

中規模食品メーカー珠川食品の社訓として掲げられている言葉です。

 

一見もっともらしいことを言っているようですが、会社の実態は隠蔽、上司への媚びへつらいといった悪習はびこる旧態依然としたものです。

 

正義感あふれるヒーローが憎たらしい上司たちをやっつけて、会社の悪習を打破していく...というのがよくあるストーリーですが、この小説はこれとは少し違います。

 

大手広告会社から転職し、珠川食品の販売促進部に配属された涼平は入社早々販売会議で壮大なヘマをやらかし、窓際部署の「お客さま相談室」に異動させられます。

 

 

カッとなると自分を抑制できず、すぐに思ったことを口に出してしまう涼平

 

へっぽこで愛らしいキャラクターの涼平は本間室長の嫌がらせに耐え、お客さま相談室に寄せられる様々なクレームと格闘しながら、成長していきます。

 

 

他のお客さま相談室のメンバーたちも個性的な人たちばかりです。

 

涼平の指導役である篠崎は遅刻魔で、仕事中にギャンブルに興じるなど残念な人間ですが、頭の回転が速く、クレーム対応は超一流。

 

会社の剣道部所属の神保は強面で無口。

 

オタクの羽沢は敬語が使えないが、ネット関連の知識が豊富で頼りになる。

 

元社長秘書の宍戸は見ただけで人が着ている服の値段を当てられる観察眼の持ち主。

 

 

個性的な面々が繰り広げるやりとり(コント)にクスッと笑っているうちに、物語へ引き込まれていきます。

 

 

涼平は会社の悪習にNOを突きつけるヒーローになれるのか?

 

それとも何もできずリストラされてしまうのか?

 

衝撃の展開に最後まで目が離せません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さよなら獣』 朝比奈あすか

変わっていく自分と変わらない自分

 

 

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10歳のとき、学校で1/2成人式というよくわからないイベントがありました。

 

10歳の子供から見て、大人になるのは当分先のことに思えるし、「あともう10年で成人ですよ」なんて言われても実感がわきません。

 

ただ、20歳になって思い返してみると、10歳の頃の時間はその後の自分の立ち位置や人間関係を決める上で重要な役割をしているように思います。

 

クラス内のカーストや友達グループを強く意識し始めるのがこの頃だからです。

 

 

クラスメートに溶け込めず、「変な子」扱いされる子はグループから排除される。

 

いけすかない奴に対しては陰口を叩いたり、無視したりする。

 

この小説では、このような10歳のときの人間関係の息苦しさがつぶさに記述されています。

 

 

クラスの中心人物から嫌われないように、本心を隠して人に迎合する阿佐。

 

きれいで運動神経が良いのに、自分中心で空気が読めない野々花。

 

「変人」と呼ばれ、周囲から浮いている咲。

 

3人の少女たちはそれぞれ悩みを抱えながらも、息苦しさを感じるクラスの中で懸命に生きていきます。

 

 

性格も考え方もまるで違うこの3人は20歳になって再会し、どういうわけか本音で語り合える友達になります。

 

自分を無理に飾り、集団に迎合しようとする性格が10歳の時から変わっていないことに気づく阿佐。

 

「オノ病」から脱却しつつある自分を寂しく感じる咲。

 

2人の友達からの忠告を受けて変わろうとする野々花。

 

 

わたしたちはあの頃の私たちを抱えながら、あの頃の私たちではなくなりつつある。

 

 

20歳になっても、10歳の頃の自分からはそんなに変わることはできない。

 

一方で、10歳のとき持っていた愛おしい個性はだんだん失われていく。

 

過去の呪縛と自分の変化に対峙しながら、自分の生き方を懸命に探っていく。

 

そんな3人の姿は泥臭くも美しい。