『奇跡の人 The Miracle Worker』 原田マハ
自由を得るための戦い
明治時代。
日本が富国強兵、殖産興業などを掲げ、欧米に追いつけ追い越せと躍起になっていた時代です。
福沢諭吉は明治5年から『学問のすゝめ』を発行し、自由・独立・平等という日本人が今まで知らなかった価値観を紹介しました。
明治時代は、自由や平等という価値観が欧米から流入し、広がり始めていた時代であるといえます。
しかし、当時の日本の実情はまだ自由・平等とは程遠いものでした。
閉鎖的な家制度、未発達な女子教育、男尊女卑、障害者への差別...
主人公・去場安はこのような悪習、差別に立ち向かい、奇跡を起こします。
アメリカに留学し、最先端の教育を受けた去場安は、弘前の名家である介良家の長女・れんの教育係として招かれます。
れんは目が見えず、耳が聞こえず、口も聞けない「三重苦」を抱えた少女です。
れんは家主の貞彦とその長男・辰彦に疎まれ、屋敷の蔵に監禁されていました。
手掴みで食事をし、周りの人に攻撃的な姿勢を見せるれんに自由を与えるために、安は一緒に蔵に入って彼女に寄り添い、授業をします。
去場安(さりばあん)、介良れん(けられん)という名前やストーリー展開から、この小説は、ヘレンケラーとその家庭教師・アンサリヴァンのストーリーをオマージュしたものであることが分かりますが、この小説はただのオマージュ作品ではありません。
そう、自由。この世で最も尊いもの。いかなる人間であれ、いかなる性別であれ、決して失ってはならぬもの。
そんなふうに、私は学んだのだわ。–アメリカで。
明治時代の閉鎖的な家制度や根強い差別に立ち向かい、現在の日本社会に自由をもたらした人々の勇敢な姿。
そんな勇ましい人々の姿を、「三重苦」を乗り越えたヘレンケラーのストーリーに託して伝えることで、今を生きる我々の差別に対する姿勢を問い直しているのだと思います。