『サイレント・ブレス 看取りのカルテ』 南杏子
終末期医療のあり方を考える
【目次】
1. 本の紹介
2. 死を受け入れることの難しさ
3. 家族と一緒に終末期医療を考える
1. 本の紹介
『サイレント・ブレス』は終末期医療を題材にした小説です。
東京の大病院に勤務していた主人公・水戸倫子はある日、上司の大河内教授に命じられて、在宅患者を扱う訪問クリニックへ転勤します。
倫子は当初、病院で先進的な治療を受けることを望まず、自宅で安らかな最期を迎えることを望む患者たちの意向に戸惑いますが、在宅医療で様々な患者に向き合うことで、積極的に治療しない医療を肯定していきます。
倫子はプライベートでも命に関わる難しい判断に直面しています。
倫子の父は寝たきりで意識がなく、胃瘻で辛うじて命を繋いでいます。
倫子は訪問医療の仕事を通じて、父との向き合い方を考え、大きな決断を下します。
死というテーマを考えるときは重苦しく、感情的になりがちです。
しかし、死という題材を倫子の成長物語の中に埋め込むことで、重い気持ちになりすぎずに、倫子と一緒に冷静に死に向き合うことができます。
新型コロナウイルスの脅威に直面し、人の死について感情的な議論が多くなっている今こそ読むべき本だと思います。
2. 死を受け入れることの難しさ
第一章(ブレス1 スピリチュアルペイン)で、倫子は末期乳がん患者である45歳の女性作家・知守綾子を担当します。
綾子は「死を受容する五段階」を提唱した終末期医療の第一人者、エリザベス・キュープラー・ロスに取材をし、その考えをまとめた解説書を書いています。
この考えに影響を受けた綾子は、大学で抗癌剤の治験を受けることを拒否し、「死ぬために」家に戻ることを選びました。
このように、自分の終末期について明確な展望を持っていた綾子でも、死の間際には「あんなにうまく行くもんじゃなかった」と述べています。
「死を受容する五段階」は死を受容するプロセスの一般論を述べているだけに過ぎません。
特に、若くして末期癌にかかった綾子は「なんでこんな早く死ななければならないのだろう」という葛藤が人一倍強かったのでしょう。
なかなか死を受け入れられず、激しい悩みや苦しみに苛まれていた綾子は臨床宗教師・日高春敬住職に心のケアをしてもらうことで死を受容していきます。
死の受容という精神的な要素の大きい問題については学問や科学だけでは解決できない問題が多く、宗教などの非科学的な分野の貢献が大きいのだと感じました。
3. 家族と一緒に終末期医療を考える
『サイレント・ブレス』では、患者の意思と家族の意思が対立する場面が多く見られました。
ブレス3やブレス6では、家族の意思が強過ぎたがゆえに患者の意思が蔑ろにされ、患者が苦しい終末期を過ごさざるをえなくなってしまいました。
近年ではリビングウィルという、終末期における医療の選択について事前に文書化して意思決定しておくという考え方が広がっています。
これからは、本人の意思を文書化して残すことだけでなく、その意思について家族と相談しておくことも促進していかなければならないと思います。