大学生の読書感想文

大好きな小説の魅力を紹介します

『スロウハイツの神様』 辻村深月

夢追い人たちの集い

 

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人にはどうしても譲れない理想やポリシーがあります。

 

特に、クリエイターと呼ばれる人は強い理想やポリシーを持っているのかもしれません。

 

 

誰も傷つかない世界を理想とし、明るい児童漫画を描き続ける狩野。

 

感情を徹底的に除去した世界を描こうとする正義。

 

才能がありながらも自分の絵を積極的に売り込めないスー。

 

環をライバル視し、彼女への対抗心から誰にも内緒で漫画の制作を続ける円屋。

 

凄惨な事件を乗り越えて、小説の持つ力を信じて作品を描き続けるチヨダコーキ。

 

成功と権力を好み、成功するためには手段を選ばないドライな一面があるが、誰よりも一つ屋根の下に暮らす「家族」を大切にする環。

 

 

いじめや家庭の崩壊、マスコミからのバッシング。

 

辛い経験を乗り越え、その経験を糧にして彼らは自分の創作活動の軸を形成し、作品を作り続けます。

 

 

個性豊かな彼らクリエイターたちが集うスロウハイツ。

 

そこに、コーキに思いを寄せる加賀美莉々亜が入居してきたことで彼らの平和な生活に動揺が走ります。

 

 

『人間は、「優しさ」か「強さ」か、そのどちらかを持っていなければ生きていくことなどできず、たいていはそのどちらか片方に目が行きがちだが、けれど人は意外とその両方を持ち合わせているという話。特に、ガカは』

 

勝ち気で横暴で、たびたびスロウハイツのみんなに厳しい言葉を投げかけるが、誰よりもおせっかいで優しく、スロウハイツのみんなに降りかかる問題を鮮やかに解決していく環。

 

そんな彼女の力強さに憧れる。

 

 

そして、マスコミや編集者・黒木の悪意に直面しながらも、それらを全て正面から受けて立ち、創作を続けるコーキ。

 

そんな彼のおおらかさと粘り強さはすごい。

 

 

伏線や謎解き要素に溢れる物語と、スロウハイツに暮らすクリエイターたちの人間模様を楽しんでいるうちに、ストーリーにに引き込まれていく小説です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あと少し、もう少し』 瀬尾まいこ

迷いながらもひたむきに走る

 

 

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ぼくはお正月に必ず箱根駅伝を見ます。

 

不思議なことに、箱根駅伝では毎年ドラマが生まれます。

 

 

下位からのごぼう抜き、圧巻の区間新記録、襷のパス寸前での繰り上げスタート、主力選手の予想外の失速...

 

各校の選手が駅伝に向けて死力を尽くして努力してきたからこそ、彼らの走りは人を惹きつけ、人を感動させるドラマが生まれるのかもしれません。

 

 

この小説のテーマは駅伝。

 

舞台は箱根駅伝のような大きな大会ではなく、自然豊かな田舎の中学生たちが県大会をかけて競う地区予選です。

 

 

市野中学校はこの地区で18年連続で県大会出場を果たしている強豪校です。

 

しかし、厳しい練習で市野中学駅伝チームを強くしてきた満田先生が異動となり、後任はなんと陸上の知識皆無の美術教師・上原先生が就くことに。

 

 

さらに、陸上部のメンバーだけでは駅伝チームを組めないため、他の部からメンバーをかき集めることになります。

 

 

びびりで寡黙ないじめられっ子

 

何をしても長続きせず、学校の勉強も早々に諦めた不良

 

人からの頼みを断れないムードメーカー

 

どこか斜に構えたところがある、芸術家気質の吹奏楽部員

 

部長に特別な思いを寄せる後輩

 

そして、頼りない顧問に苛立ちを覚え、苦悩する部長。

 

 

個性豊かなメンバーたちがそれぞれの想いを胸に走ります。

 

 

難航するメンバー集め、新たな顧問への不満、部長・桝井の不調。

 

 

メンバーそれぞれが困難に直面し、思春期ならではの悩みに葛藤する中で、彼らはどうやってそれを乗り越えていくのか?

 

市野中学校は今年も県大会出場を果たすことができるのか?

 

 

中学生男子の複雑な心境を完璧に描き切った傑作です。

 

 

【あとがき】

 

『君が夏を走らせる』という小説で、今回二区を走った不良・大田の後日談が書かれています。

 

高校生になった大田が一人で一歳児の子守を任されるという、なんとも恐ろしいストーリーです。

 

この小説についても感想を書いているので、ぜひ読んでください!

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『キネマの神様』 原田マハ

小さな名画座が起こした奇跡の物語

 

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この小説を読んで、初めて名画座というものを知りました。

 

名画座とは、過去に上映された作品を格安で再上映する映画館のことです。

 

2本立て、3本立てで上映されることが多く、シネコンのように作品ごとに入場者を入れ替えしないため、お得な料金で複数本の映画を見ることができます。

 

 

そんな名画座はDVDやシネコンの台頭に押され、数を減らしてきています。

 

コロナ危機に直面し、経営が厳しくなっている名画座も多いです。

 

 

 とりわけ、名画座は「昔ながらの村の鎮守」みたいな場所だ。こぢんまりと地味な、けれど実にいい空気の流れる場所。派手な神輿もイベントもないが、綿あめや冷えたラムネや金魚すくいが楽しめる。ちょっと気になるあの子が、浴衣姿でやってくる。短い夏の、胸が苦しくなるような懐かしさ。

 そんな場所が、ひとつふたつと消えつつある。

 

 

39際独身の歩は大手企業で課長に上りつめ、シネコンの開発計画を進めていましたが、他の社員の嫉妬や恨みを買い、追い出されるように会社を辞めてしまいます。

 

同時に、ギャンブルと映画が好きで奔放な性格の父が倒れ、彼が300万円の借金を抱えていることが発覚します。

 

 

苦戦する就職活動、父のギャンブル依存症

 

苦悩する歩は名画座・テアトル銀幕で『ニュー・シネマ・パラダイス』というイタリアの名画を観ます。

 

 

観賞後、歩が綴った映画の感想文。

 

名画座を村の鎮守、名画を大輪の花火に例え、名画座の減少を嘆いた歩の名文は、歩と彼女の父親に大きな転機をもたらします。

 

 

歩と父にチャンスを与えてくれたのは、きっと名画座で映画をこよなく愛する彼らの思いを見守っていた「キネマの神様」なのでしょう。

 

 

 

 

『ツナグ 想い人の心得』 辻村深月

人と人をつなげる不思議なご縁

 

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※この小説は辻村深月著『ツナグ』の続編です。

 

前編の『ツナグ』についても感想を書いているのでぜひ読んでください!

 

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使者の依頼は"ご縁''だ。

祖母にも、大伯父にもそう教えられた。絶対に繋がらない人がいる一方で、必要な人のところには、それが自然と訪れるようになっている。

 

 

死んだ人と生きた人をつなげる窓口、使者(ツナグ)

 

前編では使者・歩美は高校生でしたが、おもちゃメーカーへの就職を果たし、立派な社会人に成長しました。

 

『想い人の心得』では、使者と会社員の「二足のわらじ」を履く歩美の苦悩や彼の成長にフォーカスが当てられています。

 

 

借金まみれで酒浸りだった父に会い、彼に一発殴って復讐したいと思う若手俳優・神谷ゆずる

 

生涯にわたり故郷の英雄上川岳満のことを研究し、彼に会いたいと切望する鮎川老人

 

自らの不注意で幼い娘を死なせてしまったことを後悔し続ける重田夫妻

 

若くして乳がんで亡くなった娘に会い、お礼を言いたいと願う小笠原時子

 

長年にわたり、亡き想い人と再会することを願い続ける蜂屋

 

 

そして、おもちゃメーカーでの仕事を通じて懇意になった、工房の大将夫妻とその娘奈緒

 

 

彼らとの会話を通じて、家族・人生・恋愛といった大切な問題に向き合い、歩美は自らの歩むべき道を決めていきます。

 

使者の依頼は"ご縁''だ。

 

歩美はたくさんの"ご縁''に恵まれたおかげで、人生の重大な局面を乗り越えることができたのです。

 

 

現実の世界では生きた人が死者に会うなんて突飛なことは起こりえません。

 

しかし、「誰かがそうなるように仕向けたんじゃないか?」と思ってしまうような不思議なご縁は現実にもいっぱいあるように思えます。

 

私たちはそんな"ご縁''があるおかげで、毎日幸せに生きていられるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ツナグ』 辻村深月

残された者たちの思い

 

 

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人は大切な人が亡くなった悲しみを乗り越えながら生きていく。

 

「また会いたい」「また話をしたい」

 

そんな思いがあっても、その人が死んでしまった後ではその思いは叶わない。

 

 

もし一度きりでも死者と会って話ができたらどうなるのだろう?

 

こんな夢物語を描いたのがこの『ツナグ』という小説です。

 

 

「死んだ人間と生きた人間を会わせる窓口。僕が使者です」

 

急逝した人気芸能人・水城サオリに憧れていたOL平瀬愛美。

 

頑固で口が悪いが、家のことを常に考え長男としての自覚溢れる畠田靖彦。

 

親友を殺してしまったのではないかという疑念に苛まれている嵐美砂。

 

7年前に失踪した婚約者を一途に待ち続ける土谷。

 

 

死者に会いたいと願い、うわさを頼りにツナグの存在にたどり着いた彼らの目の前に現れたのは、高校生の少年でした。

 

 

依頼人たちは死者と話すことで、死者と会わなければ本来知り得なかった秘密を知ります。

 

本来暴かれることがなかった秘密を知ることは本当に良いことなのか?

 

生きている人間が自分の心残りや不安を解消するために死者に会うのは生きている者のエゴなのではないか?

 

死の意味について、死との向き合い方について改めて考えさせられる小説です。

 

 

そしてツナグの正体は一体?

 

ツナグの知られざる過去や彼の思いについては最終章で明らかになります。

 

依頼人たちの葛藤だけでなく、ツナグ自身の成長の過程からも目が離せません。

 

 

⭐️ 続編『ツナグ 想い人の心得』についても感想を書いています。

こちらも是非読んでみてください!

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『楽園のカンヴァス』 原田マハ

アートにかける人々の情熱

 

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美術館には人を惹きつける独特の雰囲気がある。

 

一心に絵を見つめる来館者たち。その視線を受け止め、どっぷりと鎮座する鮮やかな作品の数々。

 

静かで厳かで、それでいて心沸き立つような不思議な感情。

 

そんな感情を抱くのは、魂をかけて作品を描いた画家たちの「情熱」を感じるからでしょうか。

 

 

ぼくは一昨年、東京都美術館のコートールド美術館展を見に行きました。

 

エドゥワール・マネの大作「フォリー=ベルジェールのバー』を見て、全く美術の知識がない自分でも作品に圧倒され、感動を覚えたことを覚えています。

 

 

『楽園のカンヴァス』はアートをこよなく愛し、アンリ・ルソーの作品に魅了された二人の研究者、ティム・ブラウンと早川織絵の物語です。

 

 

ティム・ブラウンはMoMAニューヨーク近代美術館)のアシスタントキュレーターで、来年開催が予定されている「アンリ・ルソー展」の準備を進めていました。

 

そんなティムのもとへ一通の封書が届きます。

 

手紙の差出人は伝説のコレクター、コンラート・バイラー。

 

彼が所有するルソーの名作「夢を見た」を調査してもらいたいという内容でした。

 

 

ティムがバイラーの邸宅を訪れると、そこには同じくバイラーに招かれたルソー研究者・早川織絵がいました。

 

織絵はパリの学会を賑わせている新進気鋭のルソー研究者です。

 

 

ルソーをこよなく愛するティムと織絵に対して、バイラーは衝撃的なことを告げます。

 

 

七日間作品を調査してもらい、最終日にこの作品の真贋を判定してもらう。

 

そして、より優れた講評を行ったものに作品の取り扱い権利(ハンドリングライト)を譲渡すると...

 

 

しかも、バイラー氏所有の名作「夢を見た」は、MoMAが所有するルソーの大作「夢」に酷似していました。

 

 

ティムと織絵、二人の研究者が自らのルソー愛とプライドをかけて火花を散らします。

 

 

「夢を見た」に隠された秘密は何か?

 

バイラー氏の正体は?

 

ティムと織絵、どちらがハンドリングライトを手にするのか?

 

 

画家とコレクター、研究者のアートへの「情熱」が詰まった重厚な美術ミステリーです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『神様からひと言』 荻原浩

 へっぽこ主人公の逆転劇

 

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お客さまの声は、神様のひと言

 

中規模食品メーカー珠川食品の社訓として掲げられている言葉です。

 

一見もっともらしいことを言っているようですが、会社の実態は隠蔽、上司への媚びへつらいといった悪習はびこる旧態依然としたものです。

 

正義感あふれるヒーローが憎たらしい上司たちをやっつけて、会社の悪習を打破していく...というのがよくあるストーリーですが、この小説はこれとは少し違います。

 

大手広告会社から転職し、珠川食品の販売促進部に配属された涼平は入社早々販売会議で壮大なヘマをやらかし、窓際部署の「お客さま相談室」に異動させられます。

 

 

カッとなると自分を抑制できず、すぐに思ったことを口に出してしまう涼平

 

へっぽこで愛らしいキャラクターの涼平は本間室長の嫌がらせに耐え、お客さま相談室に寄せられる様々なクレームと格闘しながら、成長していきます。

 

 

他のお客さま相談室のメンバーたちも個性的な人たちばかりです。

 

涼平の指導役である篠崎は遅刻魔で、仕事中にギャンブルに興じるなど残念な人間ですが、頭の回転が速く、クレーム対応は超一流。

 

会社の剣道部所属の神保は強面で無口。

 

オタクの羽沢は敬語が使えないが、ネット関連の知識が豊富で頼りになる。

 

元社長秘書の宍戸は見ただけで人が着ている服の値段を当てられる観察眼の持ち主。

 

 

個性的な面々が繰り広げるやりとり(コント)にクスッと笑っているうちに、物語へ引き込まれていきます。

 

 

涼平は会社の悪習にNOを突きつけるヒーローになれるのか?

 

それとも何もできずリストラされてしまうのか?

 

衝撃の展開に最後まで目が離せません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さよなら獣』 朝比奈あすか

変わっていく自分と変わらない自分

 

 

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10歳のとき、学校で1/2成人式というよくわからないイベントがありました。

 

10歳の子供から見て、大人になるのは当分先のことに思えるし、「あともう10年で成人ですよ」なんて言われても実感がわきません。

 

ただ、20歳になって思い返してみると、10歳の頃の時間はその後の自分の立ち位置や人間関係を決める上で重要な役割をしているように思います。

 

クラス内のカーストや友達グループを強く意識し始めるのがこの頃だからです。

 

 

クラスメートに溶け込めず、「変な子」扱いされる子はグループから排除される。

 

いけすかない奴に対しては陰口を叩いたり、無視したりする。

 

この小説では、このような10歳のときの人間関係の息苦しさがつぶさに記述されています。

 

 

クラスの中心人物から嫌われないように、本心を隠して人に迎合する阿佐。

 

きれいで運動神経が良いのに、自分中心で空気が読めない野々花。

 

「変人」と呼ばれ、周囲から浮いている咲。

 

3人の少女たちはそれぞれ悩みを抱えながらも、息苦しさを感じるクラスの中で懸命に生きていきます。

 

 

性格も考え方もまるで違うこの3人は20歳になって再会し、どういうわけか本音で語り合える友達になります。

 

自分を無理に飾り、集団に迎合しようとする性格が10歳の時から変わっていないことに気づく阿佐。

 

「オノ病」から脱却しつつある自分を寂しく感じる咲。

 

2人の友達からの忠告を受けて変わろうとする野々花。

 

 

わたしたちはあの頃の私たちを抱えながら、あの頃の私たちではなくなりつつある。

 

 

20歳になっても、10歳の頃の自分からはそんなに変わることはできない。

 

一方で、10歳のとき持っていた愛おしい個性はだんだん失われていく。

 

過去の呪縛と自分の変化に対峙しながら、自分の生き方を懸命に探っていく。

 

そんな3人の姿は泥臭くも美しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ小説を読むのか?

【目次】

1. 小説の価値

2. リベラルアーツと小説

3. すぐに役に立つものはすぐに役に立たなくなる

 

 

1. 小説の価値

 

人はなんのために小説を読むのだろう?

 

小説なんかなくても人は生きていける。

 

でも、書店には多くの小説が並んでいて多くの人が小説を買っていく。

センター試験や共通テストの国語の問題には毎年小説の問題が出ている

 

それはきっと小説になんか価値があるからだろう。

 

それでは小説の価値とはなんだろう?

 

 

2. リベラルアーツと小説

 

書店には小説の他にもいろんな本が並んでいる。

自己啓発本とか資格や受験勉強のための参考書とかすぐに役に立つ本も多い。

 

これらの本は「なんのために読むか」がはっきりしているものである。

対して、小説は一見なんの役に立つのかわからない。

 

世の中にある商品は大概「なんのために買うか」がはっきりしている。

買う側からしたら用途がわからない商品なんか買いたくないから当然だ。

 

ならば、「なんのために読むか」がはっきりしない小説は商品として失格なのかもしれない。

それでも、書店には商品として多くの本が並んでいる。

 

思うに、小説は大学の教養教育(リベラルアーツ)と似ている。

 

一つのことを追究する専門教育とは違って、教養教育では様々な学問分野を広く浅く学ぶ。

 

教養教育は各分野の触りだけを扱うので実用的でないという人もいる。

その時間を専門教育に費やした方が効率的だと。

 

「なんのために」がわからなくて一見役に立たなそうに見えるという点で小説とリベラルアーツは共通している。

 

小説とリベラルアーツは本当に役に立たないのだろうか?

 

 

3. すぐに役に立つものはすぐに役に立たなくなる

 

「すぐに役に立つものはすぐに役に立たなくなる」

これは小泉信三が『読書論』で述べた言葉である。

 

自己啓発本や参考書、専門教育は確かにすぐに役に立つものだ。

ただし、受験が終わったら、資格を取ったら、自分の専門分野を離れたらすぐに役に立たなくなる。

 

参考書などの「すぐに役に立つもの」は答えが明確にある状況でしか役に立たない。

だから、特定の目標を達成したら即座に役に立たなくなってしまう。

 

人生には答えが明確にない状況が多い。

世の中の多様な考え方に触れておかないと、答えが明確にない状況には対処できない。

 

小説やリベラルアーツは読み手の見聞を広めて、人生の難題に立ち向かうヒントを与えてくれる。

 

だからこそ人は小説を読むのだ。

『奇跡の人 The Miracle Worker』 原田マハ

自由を得るための戦い

 

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明治時代。

 

日本が富国強兵、殖産興業などを掲げ、欧米に追いつけ追い越せと躍起になっていた時代です。

 

福沢諭吉は明治5年から『学問のすゝめ』を発行し、自由・独立・平等という日本人が今まで知らなかった価値観を紹介しました。

 

明治時代は、自由や平等という価値観が欧米から流入し、広がり始めていた時代であるといえます。

 

しかし、当時の日本の実情はまだ自由・平等とは程遠いものでした。

 

閉鎖的な家制度、未発達な女子教育、男尊女卑、障害者への差別...

 

主人公・去場安はこのような悪習、差別に立ち向かい、奇跡を起こします。

 

 

物語の舞台は明治20年青森県弘前

 

アメリカに留学し、最先端の教育を受けた去場安は、弘前の名家である介良家の長女・れんの教育係として招かれます。

 

れんは目が見えず、耳が聞こえず、口も聞けない「三重苦」を抱えた少女です。

 

れんは家主の貞彦とその長男・辰彦に疎まれ、屋敷の蔵に監禁されていました。

 

手掴みで食事をし、周りの人に攻撃的な姿勢を見せるれんに自由を与えるために、安は一緒に蔵に入って彼女に寄り添い、授業をします。

 

 

去場安(さりばあん)、介良れん(けられん)という名前やストーリー展開から、この小説は、ヘレンケラーとその家庭教師・アンサリヴァンのストーリーをオマージュしたものであることが分かりますが、この小説はただのオマージュ作品ではありません。

 

そう、自由。この世で最も尊いもの。いかなる人間であれ、いかなる性別であれ、決して失ってはならぬもの。

そんなふうに、私は学んだのだわ。–アメリカで。

 

明治時代の閉鎖的な家制度や根強い差別に立ち向かい、現在の日本社会に自由をもたらした人々の勇敢な姿。

 

そんな勇ましい人々の姿を、「三重苦」を乗り越えたヘレンケラーのストーリーに託して伝えることで、今を生きる我々の差別に対する姿勢を問い直しているのだと思います。