『本日は、お日柄もよく』 原田マハ
心のこもった言葉は世界を変える
あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。
これは、上野千鶴子さんが平成31年度東京大学学部入学式で新入生に贈った祝辞の一節です。
新入生としてこのスピーチを聞いた自分は、この人の言葉を一言一句聞き逃すまいと思わず聞き入ってしまったことを覚えています。
魂のこもった言葉で人の心を打ち、ときに人々の考えや行動を変えてしまうようなスピーチ。
この小説のテーマは、そんなスピーチの原稿をかくお仕事です。
OLとして毎日お気楽に過ごしていた二ノ宮こと葉は、伝説のスピーチライター・久遠久美に出会い、人の心を動かすスピーチの魅力に気づきます。
こと葉は久美の教えを受けて、選挙に初出馬する幼馴染・今川篤志のスピーチライターとして働き始めます。
この本には、スピーチをする際のテクニックや極意がいろいろ出てきます。
聴衆が静かになるのを待ってから話し始める、エピソードや具体例を織り込むなどなど。
これらのテクニックはもちろん重要です。
しかし、スピーチで一番大切なものは話し手の「心」だと思います。
親友の結婚を心から祝す気持ち、世の中を変えなければならないという意志。
こと葉の書いたスピーチにはそんな力強い「心」が込められています。
私が上野さんのスピーチに感動したのも、大学での学びを、恵まれないひとびとを助けるために生かしてほしいという心からの願いに感動したからだと思います。
ネットやSNSで心ない言葉が飛び交う世界。
「恵まれないひとびとを貶めるため」ではなく、頑張っている人々を励ますため、報われない人たちの背中を押すためにこそ言葉を使うべきです。
優しい「心」のこもった言葉が飛び交う世界になりますように。